ナチスとオカルト

みなさんはナチス・ドイツを知っていますか。ナチス・ドイツは、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)政権下の、1993年から1945年までのドイツ国の通称です。今回は、そんなナチス・ドイツとオカルトとのかかわりをひも解いていきたいと思います。

 

 

ナチスの成立過程

 一九三三年一月三〇日は、ドイツ史の転換点となりました。その日、ナチ党の党首、ヒトラーヒンデンブルク大統領によって首相に任命されたのです。当初はナチ党の単独政権ではなく、ドイツ国家人民党という伝統的な保守政党とナチ党の連立政権でしたが、その後、ヒトラーヴァイマル共和国の議会制民主主義に終止符を打ち、自らを最高指導者とする独裁体制を樹立しました。

ナチス占星術

 ナチ首脳部はありとあらゆる占い術にとりつかれていました。その中ではもちろん占星術が歴史が古く、比較的信頼のできる占い術です。彼らはとりつかれたような情熱をもって、惑星や恒星のチャートを調べ上げ、ドイツ勝利の徴候を必死に探ろうとしました。

 一九三三年、ナチスがついに政権を握ると、オカルティストの多くは自分が力を振るえる場面を予想しました。しかし、これほど悲劇的な期待外れはありませんでした。その主たる原因は、第一次ナチ政府が連合政権で、いつ分裂してもおかしくない寄り合い所帯だったことです。そこで、ヒトラーはどうしても過去の暗い側面から党を切り離す必要がありました。ナチ党首脳部がなにより避けたかったのが、黒魔術や悪魔崇拝との関係が公になることでした。

 占星術師は目をつけられ、徹底した迫害が加えられました。ドイツの占星術師の大半が属する中央占星術事務局の指導者が逮捕されました。ほどなく彼は釈放されますが、以後は慎重な行動をとるようになります。

ユダヤ思想

 ドイツの人種主義育ての親のひとりがリヒアルト・ワーグナーです。この作曲家はゲルマン神話とオカルトに強く惹かれ、最初のオペラ『リエンチ』でもオカルトへの強い傾斜を示しています。神話およびオカルトへのこの関心は生涯継続します。初期の成功をもっぱらユダヤ人の知己に仰いだにもかかわらず、いやおそらく仰いだからこそ、ワーグナーは熱烈な反ユダヤ主義者でした。そんな彼を支持したのが、ヒトラーでした。

 ドイツにおける人種差別的なオカルト神話の次の「弾薬」は、エストニア、フランス、そしてユダヤ人の血の混じるアルフレート・ローゼンベルグによってもたらされました。ボルシェビキ革命はローゼンベルグを憎しみで一杯にしました。彼によれば、自分が会ったロシア共産主義者の九〇パーセントはユダヤ人であるそうです。自身ユダヤ人の血を引くくせに、本人は純粋なドイツ人だと信じていました。だが六年間ドイツ暮らしをしても、正しいドイツ語の文章は綴れませんでした。それにも関わらず、彼はナチ党への加入が認められます。

 むろん、ヒトラーはローゼンベルグ反ユダヤ主義さえも上回ることになります。あるときヒトラーは、ドイツ人のダンツィヒ市長ラウシュニングに、ユダヤ人は人間以下の生き物であるばかりか、文字通り悪魔の子孫なのだと述べました。ヒトラーはいいます。「ユダヤ人は反人間であり、別の神の被造物である。かれらは人類の別のルートから生じたのかもしれない。ユダヤ人が獣だというのではない。むしろわれわれアーリア人よりはるかに獣から進んでいる。かれらは自然を超え、自然とは異質な生き物なのだ。」

世界氷河説

 「世界氷河説」もしくは「氷河宇宙進化論」は、ヒムラ―ならびにヒトラーを夢中にさせた学説です。これを最初に唱えたのはヘルビガーというオーストリアのエンジニアでした。ヘルビガーによれば、複雑極まる宇宙発生論において、まず月が氷で作られます。この考え方だと、太陽系の起源は氷の塊が太陽と衝突したことで始まる必要があります。ヘルビガーは「重力の影」と呼ぶものを理由に、自説を裏付ける事実が存在しない訳を説明します。「重力の影」とはなにかと尋ねられると、ヘルビガーはただこう叫び返すだけだった。「いつになったら数学に価値がないことを覚るのだ?」

参考文献

石田勇治,『ヒトラーとナチ・ドイツ』,講談社現代新書,2015

マイケル・フィッツジェラルド 荒俣宏監訳,『黒魔術の帝国 第二次世界大戦はオカルト戦争だった』,徳間書店,1992

横山茂雄,『増補 聖別された肉体 オカルト人種論とナチズム』,創元社,2020